12/06/2011

J. Edger

J・エドガー
クリント・イーストウッド監督



クリント・イーストウッドの最新作『J・エドガー』は、初代FBI長官であり、36年に渡りその座に就いていたジョン・エドガー・フーヴァーの半生を描いた作品である。

FBI(アメリカ連邦捜査局)といえば、世界中の誰でも知っているような組織であるが、当初は弱小官庁の一つでしかなかった。そんな弱小組織を今あるような大きな影響力のある行政機関へ拡大させた人物がJ・エドガーであった。

司法省に入省した後、FBIの前身である捜査局(BOI)に配属され、1924年にはBOIの長官に任命される。当時、エドガーは若干29歳であった。

長官に就任するやいなや、すぐさま大々的な組織改革に取り組み、職員を大幅に入れ替えた。みるみるうちにFBIが改変していくと同時に、エドガーも権力を手に入れていく。しかしその一方で、FBIの公式記録とは別に、政治家や著名人の情報を非公式に収集し、時には恐喝したり、政治的圧力をかけるということも行っていた。

この映画では、エドガーの業績とともに、彼の知られざる私生活にも迫っている。生涯独身であったと同時に、彼の片腕であったクライド・トルソと常に行動を共にしていたため、同性愛者であるのではという噂が生前から流れていた。実際にトルソとは必ず毎日昼食を共にし、休暇も共にとることがあったという。また服装倒錯者であったという噂もあったようだ。実際には明確な証拠はないものの、この映画ではその方向で物語が作られている。(トルソが強くエドガーのことを強く想っているという設定になっている。)

この映画の見所はやはりレオナルド・ディカプリオの熱演であろう。彼の演技は一見の価値があるものの、しかし、映画としてはいまいちな出来となっている。物語は、晩年のエドガーが自伝を描かせるために、半生を振り返っていく、という作りになっているため、ナレーションが多い。多くの批評家から脚本の質の低さを指摘されているが、そのためか、どこかもたついた物語展開になっている(ちなみに脚本は『ミルク』の脚本を書いたダスティン・ランス・ブラック。彼自身、ゲイであることでも有名)。エドガー自身の視点から彼の半生が語られるため、映画の後半部分で、物語がかなりエドガーにとって都合いいように変えられていると指摘され、そこまでの話が覆される所があり、ある意味面白いのだが、それが十分に活かされていないのも残念である。

また、晩年のキャラクターを同じ役者が演じるため、役者たちは特殊メイクを施して演じているのだが、そのメイクがやはり違和感があるため、見ていて不気味なのも大きなマイナスポイントであろう。やっぱり気になってしまう。

クリント・イーストウッドならもっと良くできたのでは、と思う一方で、それなりに見応えのある映画であることは確か。

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