Once Upon a Time in Anatolia
Nuri Bilge Ceylan(ヌリ・ビルゲ・ジェイラン)監督
久々に、つかみどころのない映画を見た。しかし、それはあくまで良い意味での「つかみどころのなさ」である。観終わった後もしばらく、「あの映画の意味はなんだったのだろうか」と考えずにはいられなかった。
今ではカンヌ映画祭などの常連となっているジェイラン監督。トルコの映画監督ではあるが、ヨーロッパ受けするタイプの映画を撮る人である(トルコもヨーロッパではあるが)。
暗い色調と静かでゆっくりとしたテンポが特徴的である。写真家でもあることから、どの画面も構図やライティングが完璧であり、実に美しい映像を作ることでも評価されている。
この監督の作品は出世作の『冬の街』(英題:"Distance";トルコ語題: "Uzak")と、2008年に発表した『Three Monkeys(英題)』を見ているが、正直なところ、美しくも暗い画面と、重々しい雰囲気ということしか記憶に残っていなかった。どんなストーリーだったのか全く思い出せない。そしてあまりにもトルコっぽくないのである。何を持ってトルコっぽいというかは難しい問題だが、少なくともトルコで人気があるとはあまり思えない(ちなみに、一応、大学時代にトルコがらみについて勉強したことがあります。。)これが、ロシア人だったらかなり納得させられるのだが。
ハイアートな美しい映画を作ることは素晴らしいと思いつつ、あまりにもヨーロッパの映画祭を意識した作風をそこまで好きになることはできなかった。
しかし、新作の『Once Upon a Time in Anatolia』は、スタイルを保ちつつも、過去の作品とは少し違った作品となっている。
いわゆるロードムービーではあるが、かなり変わったロードムービーである。物語は、三台の車が夜の田舎道を走っているシーンから始まる。車に乗っているのは、捜査官、検察官、容疑者、医者など。どうやら殺人事件が起こり、その死体を埋めた場所を探している道中、というのはわかるのだが、それがどういう殺人事件なのか説明されることはない。事件当日、容疑者は酔っぱらっていたためか、埋めた場所をはっきりと覚えていなく、数カ所を巡ることになるのだが、その道中で登場人物が話すのは、殺人事件についてではなく、食事の話に始まり、健康、家族、村の政治、そして死や自殺などと、取り留めのない話ばかり。
死体遺棄した場所を見つけることはできたものの、殺人事件の真相は最後まではっきりせず、逆にますます謎が深まるだけである。しかし、殺人事件の内容はこの映画ではあまり重要ではない。世間話のような取り留めのない話がこの映画の全てなのである。
映画を見ていくと、医者と検察官に徐々に焦点が絞られてくる。そしてこの二人には何か暗い過去があるようだが、それが何かは全く明らかにされない。ぼんやりとほのめかされるだけである。しかし、そこから誰しもが抱える人生の不条理さや困難さが読み取られる。
この映画は一回観ただけでは何も分からない。だからといって二回観ればわかるかというと、きっとそんなこともない。ただ、もう一回は観ないとならないだろう、と思わせる作品である。
過去の作品と比べて、今回の作品が良かった点は、登場人物それぞれの性格が些細なところで明確に描かれているところだろう。また、所々にユーモアが含まれていて、作品にほどよい軽さが加わっている。また、トルコが抱える社会的な事象も会話の端々に垣間みられ、特殊性と普遍性がバランスよく混ざった作品になっている。
もう一度見に行かなければ。

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